1950-06-15 第7回国会 衆議院 考査特別委員会 第30号
先般明禮事務局長辞任に伴いまして、その後後任を選考中でありましたが、理事諸君の御了承を得て、物部薫郎君を事務局長に任命する運びになりましたので、御了承を願います。 では物部君を御紹介いたします。物部君。 —————————————
先般明禮事務局長辞任に伴いまして、その後後任を選考中でありましたが、理事諸君の御了承を得て、物部薫郎君を事務局長に任命する運びになりましたので、御了承を願います。 では物部君を御紹介いたします。物部君。 —————————————
○明禮事務局長 国電スト等騒擾事件報告書、この厚い方でありますが、おもなるところを訂正してあるのが、まことに恐縮でありますが、落ちているところがあつてはと思いますから、ちよつと申し上げます。
○明禮事務局長 それから十一枚目の第二国電スト事件と誰円いてある前のページのうしろから四行日の(前掲一七頁)の下に(註)として「(然し乍ら三鷹の無人電車事件や福島県下松川の転覆事件が実力行使である以上これと関連なきやの題題が存在する)」と入れたのであります。
今明禮事務局長が読まれた点にも、すでに種々の問題が含まれておるのでありますが、時間があまりないので、ごく簡單に要点だけを申し上げたいのであります。 まず第一に、この略傳そのものの中に問題が含まれておる。この調査報告そのものが、全体として非常に最近のジヤーナリズムの影響を受けている。
○明禮事務局長 永井博士表彰に関する件基礎調査調査要求の趣旨、永井博士は原子病の研究に鬪いつつ、同病の犠牲となつた科学者としての同氏の崇高なる人格は当然表彰すべきものと思う。なお同氏の「この子を残して」その他の著述は社会教育上大きな貢献を與えたと思うので、以上の点調査の上表彰されたい。小川半次委員提案。 二、本人。本籍は島根縣飯石郡飯石村大字多久和一千五百八十一番地。
明禮事務局長。
○明禮事務局長 でたらめ言うな。 〔発言する者あり〕
○明禮事務局長 第四條を読んでみます。 第四條 市町村農業調整委員会の委員の選挙は市町村農業調整委員会委員選挙人名簿又はその抄本によりこれを行う。
○明禮事務局長 もう一つ條文をお読みしたらよくわかるかもしれませんから、今の続きをちよつと読みます。3 前項の申請は、氏名住所及び生年月日並びにその者が耕作の業務を営む農地の面積を記載してこれをしなければならない。4 第二項の場合において、同項の申請がないとき又は申請に錯誤若しくは遺漏があるときは、市町村の撰挙管理委員会は、職権をもつて選挙人名簿に搭載することができる。 これだけであります。
從つて私はあなた方のためにも痛くもない腹を探らせたくないから、さつき石田君が要求した関係調査員と、私がさつき要求した鈴木調査員、明禮事務局長、そういう人のために、自己の潔白を証明される機会を與え、さらに委員長がそれに対して独自の立場から見解を述べられる必要があると思う。それでなければ、この考査委員会が設けられていることは、民自党の一方的な機関だという誤解は最後までとけない。
○明禮事務局長 誤解を解くためにちよつとお話申し上げます。それは二十日の日には何だか知りませんけれども、民自党の部屋で私が最初鍛冶委員長に会いたいことと、もう一つの弘済会の事件のことについて私が尋ねたいことがあつて人を訪ねて行つたのです。そうしたら、行つたときに神山君から電話がかかつて來たのです。ぼくがあちこちぶらぶら歩いていたら、鍛冶委員長がいない。
これらの証人の証言を求めるために本委員会より鍛冶委員長、並びに赤松委員、石田委員及び明禮事務局長以下事務員等若干名が同行いたしました。証人の喚問の内容の詳細につきましては速記録に譲ることといたしまして、その概要を簡單に御報告申し上げます。 川上仁郎は昭和十六年四月粕壁税務署を振出しに本件によつて検挙されるまでの約八年間、税務吏として末端の徴税事務に從事した者であります。
○明禮事務局長 事務局の概念をここに御説明申し上げます。大体のことは先日新聞に出ておりましたので御承知であろうと思いますから、要点を申し上げてみますと浦和税務署における汚職事件、これを具体的に申しますと浦和税務署の大藏事務官川上次郎並びに浦和税務署の雇吉岡重行、この二人の問題から出発するのでありますが、この二人の者はすでに收賄によつて起訴されているのであります。
それは過日新聞にも報道されました浦和税務署をめぐる官吏汚職事件でありますので、諸君も御承知のことと存じますが、その大略を明禮事務局長よりまず説明していただきます。
○明禮事務局長 その話を先ほど聞いたのでありますが、まだ聞いたばかりであります。私の方では大体檢察廳と税務署の方に特に力を入れて調査しておりますから、すぐ今日でも取寄せることにいたします。
私たちも前の不当財委員会の事務局の人たちができるならば再びこの考査委員会に職員として採用されるように委員長あるいは今決定した明禮事務局長あたりが最善の努力をされんことを望むものであります。特にこの考査委員会の理事会においては、委員長を中心として対外的におかしな風評の立たないように、万全を期して事務局員あたりの取扱いについては考慮を拂われたいという私は希望を持つております。